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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)217号 判決

原告

角田豊治

被告

吉岡源次

右訴訟代理人弁護士

下川好孝

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、東京都西多摩郡瑞穂町に対し、三二九〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都西多摩郡瑞穂町(以下「瑞穂町」という。)の住民であり、被告は、昭和六三年六月当時瑞穂町長の職にあった者である。

2  被告は、昭和六三年六月一五日、町立瑞穂第二小学校体育館移設等工事の請負契約に係る指名競争入札(以下「本件入札」という。)を実施し、株式会社荒井組(以下「荒井組」という。)が九八二〇万円で落札した。しかし、荒井組は本件入札が終了した直後に契約を辞退する旨を申し出たため、被告は、同月一七日に右の工事請負契約に係る入札を再度実施し、佐久間建設株式会社が一億三一一〇万円で落札した。

3(一)  地方財政法八条、地方自治法(以下「法」という。)一三八条の二及び同法二三四条の二の規定によれば、本件においては、次のとおり、被告が違法に職務の執行を行ったことが明らかである。

(1) 被告は、荒井組から契約辞退の申出があった際に、直ちに指名停止処分をし、かつ、損害賠償請求をする旨を警告すべきであったのに、これを怠った。

(2) 被告は、荒井組を入札に参加させるに当たって、入札保証金又はこれに代わる担保を納めさせるべきであったのに、これを怠った。

(二)  仮に、右の主張が認められないとしても、瑞穂町は、後記のとおり、三二九〇万円の損害を被ったのであるが、このように瑞穂町が損害を被った以上、被告の行為が法律の明文の規定に違反しないとしても、被告には違法な職務の執行があったと判断すべきである。

4  右の違法な職務執行は、被告の故意又は過失によるものである。

5  被告の右の違法な職務執行により、瑞穂町は、佐久間建設株式会社との間で、荒井組の入札価額より三二九〇万円も高い請負代金額で請負契約を締結せざるを得なくなり、同額の損害を被った。

よって、原告は、法二四二条の二第一項の規定に基づき瑞穂町に代位して、被告に対して、損害賠償請求として金三二九〇万円を瑞穂町に支払うよう求める。

二  被告の本案前の主張

住民訴訟は、普通地方公共団体の長等の財務会計上の行為を対象とする制度である。

本件においては、厳格な指名競争入札により本件工事の落札者となった荒井組が、瑞穗町職員の強い説得にもかかわらず契約当事者としての資格を放棄して契約を締結しなかったことから、瑞穂町は荒井組との本件工事の請負契約を締結できなかったものであり、この間における被告の行為は住民訴訟の対象となる財務会計上の行為に当たらない。

また、競争入札は契約当事者としての資格を得るために行う資格選定行為であって、いわゆる契約行為そのものではないから、入札保証金の免除も住民訴訟の対象たる財務会計上の行為に当たらない。

三  本案前の主張に対する原告の反論

被告の本案前の主張は争う。入札保証金の免除は瑞穂町契約事務規則(同町昭和四〇年一月一六日規則第三号)によるものであるところ、右規則の定めは地方自治法施行令一七三条の二の規定する「普通地方公共団体の財務に関し必要な事項」として制定されたものであるから、これは明らかに財務会計上の行為であり、住民訴訟の対象となる行為である。また、被告は、競争入札は、資格選定行為であって契約行為そのものではないと主張するが、競争入札は契約準備段階に位置するものであるから、被告の右主張を承認することはできない。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の冒頭の主張は争う。

同3(一)(1)は争う。なお、被告は、同年七月一日に荒井組について入札参加の指名停止処分とする措置を行った。

同3(一)(2)のうち、被告が荒井組を入札に参加させるに当たって入札保証金又はこれに代わる担保を納めさせなかったことは認めるが、その余は争う。

同3(二)は争う。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

五  被告の主張

1  第一回目の入札の落札者である荒井組が契約当事者としての資格を放棄して本件工事についての請負契約を締結しない以上、瑞穂町としてはこれを強制するすべはなく、再度の入札を行って事務の執行をせざるを得ないのであって、被告はこの間何ら職務を怠ることなく適法に職務の執行をしている。なお、瑞穂町職員は、荒井組の契約辞退の申出に際し、強く辞退の撤回を求めたが、荒井組は、右説得に応じなかったものである。

2  荒井組は、本件工事入札以前の過去二年の間に、瑞穂町、東京都、東京都青梅市等の地方公共団体と本件工事と同種、同規模の契約を数回以上締結し、これらをすべて誠実に施工しており、これらの工事を含めて多くの工事を施工した実績からみても契約を締結しないおそれのないことが十分認められ、従って瑞穂町契約事務規則九条二項、三九条に定められた入札保証金を免除することができる場合に該当したので、被告は入札保証金の全部を免除したものであって、被告の右措置には違法はない。

六  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1は争う。被告は時期を失することなく処分権を行使すべきであった。

2  同2の事実は知らない。主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件は、瑞穂町の町民である原告が、同町の町長の職にあった被告に対し、同人が荒井組から契約辞退の申出があったときに直ちに指名停止処分及び損害賠償請求をする旨の警告をしなかったこと並びに荒井組を本件入札に参加させるに当たって入札保証金を納付させなかったことが違法な職務執行に当たるとして、右の違法な職務執行に基づく損害賠償を求める住民訴訟である。

しかし、住民訴訟の対象となる事項は、財務会計上の行為又は事実としての性質を有する事項、すなわち、法二四二条一項所定の普通地方公共団体の公金の支出、財産の取得・管理・処分、契約の締結・履行、債務その他の義務の負担、公金の賦課・徴収を怠る事実、財産の管理を怠る事実に限られているから、まず、原告主張の右の各行為が、右の財務会計上の行為又は事実(以下、単に「財務会計上の行為」という。)に当たるか否かを検討することとする。

1  被告が荒井組に対し直ちに指名停止処分及び損害賠償請求をする旨の警告を行わなかったことについて

原告の主張する指名停止処分とは、当該入札者を将来の指名競争入札に参加させない旨の処分(地方自治法施行令一六七条の一一第一項、一六七条の四第二項)をいうものと解されるが、右処分は契約辞退について制裁を課し、将来の指名競争入札から不適格者を排除するための措置であり、また、原告の主張する損害賠償請求を行う旨の警告は、仮にこのようなことが行われることがあるとしても、それはあくまで相手方に契約辞退の翻意を促すためなどの目的で行われる事実上の行為に過ぎないものであるから、いずれも普通地方公共団体の財務処理を直接の目的とするものでないことは明らかである。

そうだとすると、これらの行為は住民訴訟の対象とする財務会計上の行為には当たらないものというべきである。

2  入札に参加させるに当たり、荒井組に入札保証金を納付させなかったことについて

(一)  普通地方公共団体が地方自治法施行令一六七条の規定に基づいて実施する競争入札は、契約の前段階の行為として、契約の相手方を選定するために行われるものであるから、競争入札自体が法二四二条一項にいう「契約」に当たらないことは明らかである。また、入札保証金は、落札者との契約の締結をより確実なものとし、かつ、落札者が契約を締結しなかった場合の損害を填補する趣旨で入札参加者にあらかじめ納付させる金員であって、入札参加者が落札しながら契約を締結しない場合には当該普通地方公共団体の所得となるものであるが、入札者が落札しなかった場合又は落札した者が契約を締結した場合には納付した者に返還されるべきものであるから、これが法二四二条一項所定の「公金」又は「財産」に該当しないことも明らかである。

そうだとすると、入札参加者に対する入札保証金の免除は、単に、入札保証金を差し入れることなく入札に参加することを認めるに過ぎないものというべきであって、財務会計上の行為には当たらないと解するのが相当である。

(二)  なお、瑞穂町が荒井組を本件工事の指名競争入札に参加させる時点では、荒井組は、瑞穂町契約事務規則四条の規定に基づく適正な参加資格を有しており、かつ、過去二年の間に、瑞穂町その他の地方公共団体と一億円以上の工事を四回行ったほか、それより小規模な工事を二〇回以上請け負い、これらを履行してきた事実が認められる〈証拠〉。したがって、仮に入札保証金を免除することが住民訴訟の対象である財務会計上の行為に当たると解する余地があるとしても、本件においては、被告が荒井組が瑞穂町契約事務規則九条二項二号所定の要件を具備しているものとして同社を入札保証金を納付させないまま入札に参加させたことが違法なものといえないことは明らかである。

二以上のとおり、原告が本訴において被告の違法な職務懈怠行為として主張する行為はいずれも住民訴訟の対象となるべき財務会計上の行為に当たらないから、本件訴えは不適法なものというべきである。

よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)

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